1月16日(金) 全国順次公開

Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto × 10Culture / ADAM ET ROPÉ

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僕は東京で生まれた。

1984年5月、当時32歳──坂本龍一が見つめた〈東京の音〉

「フランスのテレビ番組のためにドキュメント・フィルムを撮らせてほしい」
1983年、デヴィッド・シルヴィアンのレコーディングに立ち会うため、
ベルリンに滞在していた坂本龍一のもとを訪れた監督、エリザベス・レナードはこう告げた。

それから1984年5月。坂本が4枚目のソロアルバム『音楽図鑑』を制作し始めた頃、東京でわずか1週間という短期間で撮影が行われた。レナード監督を含めた6名の小さなチームは、日本という国を、東京という街を、そして坂本龍一という音楽家を記録した。完成後の1985年には、ロッテルダム、ロカルノ、サンパウロなどの国際映画祭で上映、日本では同年6月9日に第1回東京国際映画祭で上映された。1986年、フランスでテレビ放映されたのち、発売されたVHSとDVDも長らく入手困難な状況が続いていたが、近年になり倉庫に眠っていた16mmフィルムが発見され、修復を経てデジタル化が実現した。

この60分余りの映像には、坂本の貴重なインタビューやスタジオでのレコーディング風景に加え、彼が出演したCM、YMOの散開コンサート、大島渚監督『戦場のメリークリスマス』(83)の印象的な一場面などが収められている。渋谷スクランブル交差点、新宿アルタ、原宿の竹の子族……80年代の息づくような東京の景色とともに映し出されるのは、幼少期の記憶、変わりゆく文化と社会、創作のプロセス、そして自らが追い求める音楽について語る、当時32歳の坂本の姿だ。育った街に耳を澄まし、時代の流れを感じながら、彼はどのような未来を見つめていたのか——今もなお人々の心に生き続ける世界的音楽家・坂本龍一、若き日のポートレートを通して《東京の⾳》を体感できる幻のドキュメンタリーが、約40年の時を経てついに劇場公開を迎える。

坂本龍一

Profile

坂本龍一Ryuichi Sakamoto

1952年生まれ、東京都出身。東京藝術大学大学院修士課程修了。
1978年『千のナイフ』でソロデビュー。同年、YMOの結成に参加。1983年に散開後は『音楽図鑑』、『BEAUTY』、『async』、『12』などを発表、革新的なサウンドを追求し続けた姿勢は世界的評価を得た。映画音楽では『戦場のメリークリスマス』(83/監督:大島渚)で英国アカデミー賞作曲賞を、『ラストエンペラー』(87/監督:ベルナルド・ベルトルッチ)でアカデミー賞作曲賞、ゴールデングローブ賞、グラミー賞など多数受賞。「LIFE」、「TIME」などの舞台作品や、2018年 piknic/ソウル、2021年M WOODS/北京、2023年-2024年 M WOODS/成都、2024年-2025年 東京都現代美術館/東京での大規模インスタレーション展など、アート界への越境も積極的に行なった。環境や平和問題への言及も多く、森林保全団体「more trees」を創設。また「東北ユースオーケストラ」を設立して被災地の子供たちの音楽活動を支援した。2023年3月28日死去。

音楽図鑑 坂本龍一

『音楽図鑑』

使用楽曲一覧

  • BEHIND THE MASK
  • マ・メール・ロワ
  • M.A.Y. IN THE BACKYARD
  • SELF PORTRAIT
  • MERRY CHRISTMAS MR. LAWRENCE
  • 東風

監督

Elizabeth Lennardエリザベス・レナード

1953年、ニューヨーク出身のマルチメディア・アーティスト。1970年代より白黒写真に手を加える独自の表現を続けており、1978年にパリへ拠点を移す。1979年、ポンピドゥー・センターで個展を開催し、その後も複数のグループ展に参加。建築環境への関心から、本作『Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto』の監督を務め、アレクサンドル・シュメトフによるパリの《竹の庭》を撮影した写真集(1997)も制作している。彼女のパフォーマンス《E-1027 Design for Living: Eileen Gray & Jean Badovici》(2015)とその映画版《Talking House》は国際的に発表され、2016–17年のMoMA展「How should we live, propositions for the Modern Interior」でも紹介された。これまでのパフォーマンスおよびビデオ作品の発表会場には、ルーヴル美術館、グラン・パレ、ヴェルサイユ宮殿などが含まれる。近年では、自伝的長編映画『Rosl’s Suitcase』(2023)は、オーストリア・ウィーンで開催された人権映画祭「This Human World」でワールドプレミア上映された。

https://www.elizabethlennard.net

Comments

江崎文武音楽家

バブル前夜の東京に漂う自信と速度感が、街と人の身振りとして克明に刻まれている。
本作における坂本龍一は、時代を読み込みつつ自らを演出する主体であり、その自己演出的な姿勢自体が1980年代東京の精神を象徴しているのかもしれない。
都市と個人が共犯関係にあった時代を知る、重要な視覚資料である。

後藤正文ASIAN KUNG-FU GENERATION

晩年の坂本さんは時間について熟考していました。
その萌芽を垣間見れたような気がして、静かに胸が震えました。
あと、ちょっと可愛いと思ってしまいました。

STUTSプロデューサー/トラックメーカー

映像だけではなく、フィールドレコーディングで切り取られた1984年の東京の音も相まり、当時の雰囲気を体感できて、タイムスリップしたみたいな気持ちになりました。

臨場感のある1984年の東京の音と坂本龍一さんの演奏が絡み合ってくのがとても綺麗でした。

街で流れるBGMや曲の聴かれ方など今の当たり前が一般化し始めた時期、時代の変化に対する坂本さんの考えもとても興味深かったです。

TOWA TEI音楽家

1984年、教授はスーパースターで僕は1ハイティーンファン。
まだまだ大きな距離があったんですが、『音楽図鑑』『TV WAR』『エスペラント』などの現場では、ソニーの若手スタッフとして近くで教授の圧倒的なオーラを感じていました。
あの頃の東京の空気・サウンドを今、鮮やかに蘇らせてくれて本当に幸せです。

ハマ・オカモトOKAMOTO'S

1984年も、2026年も「0からモノを生み出す人間」の現実を俯瞰する目線と、悲壮感。
そして信念にすがる気持ちは何も変わらないのだなと、感動したし涙した。それは、あまりにも儚く、悲しい。
誰の発言より、行動より、勇気をもらえる1時間だった。

受け取れる人間はきちんと受け取りましたよ。
教授、本当にありがとうございました。

原 摩利彦音楽家

映画の中でずっと流れ続ける自由な時間。
晩年に坂本龍一さんが構想されていたという「雲の音楽」。
その雲になるずっと前の、上昇しようとする雫のようなアイディアも語られていた。
今よりも「新しい」時代のような気がするのはなぜだろう。
過去を見ているのではなく、別の世界をのぞいているような不思議な気持ちになりました。

ピーター・バラカンブロードキャスター

40歳以下の人が経験していない1984年の東京、映画好きが集った東急文化会館があり、自動改札がない東京。ちょっと自意識がちなキョウジュが今なき自動車電話で会話したり、当時の最先端機材で「音楽図鑑」の録音をしたり、自宅でアッコちゃんとピアノの連弾をしたり、さりげなく貴重な懐かしい映像に改めてドキドキします。

藤原ヒロシ音楽プロデューサー

80年代の東京を舞台に、坂本龍一の思想と哲学が溶け込む。フェアライトとサンプリング。
業界の変革期を切り取った、興味深いドキュメンタリー。いま、私たちはAIとどう向き合うのか。
そのヒントが、ここに隠されているのかもしれません。

細井美裕サウンドアーティスト

インターネット普及前、現代のように人々の興味は分散せず、熱狂的な対象が生まれていた時代。
当時32歳、画面の中の彼が自分と同い年だからこそ強烈に感じるキャラクターの強さと疾走感と、変わらない茶目っ気。いつもかしこまって見てしまう坂本さんの資料だが、これは唯一、坂本クンとして見ても許される気がする。

水原希子俳優/モデル

憧れの1980年代東京を背景に語られる、テクノロジーと音楽、人との関係。
少しキザで洒落た坂本龍一さんの言葉に微笑み、未来へ向かうエネルギーの強さを感じた。
坂本さんの尽きない遊び心が、今も心を躍らせる。

山中瑶子映画監督

今とは何もかもが違っていた40年前の東京の高鳴りと、すでに大スターであった32歳の坂本龍一がふと覗かせる自己意識のきらめきに、眩暈がする。
それは快いものであるとともに、スクリーンの外に出て目の当たりにする現在の東京、世界に対する取り返しのつかない距離を、否応なく突きつけられる体験でもあった。

渡辺淳弥JUNYA WATANABE デザイナー

彼に尊敬と憧れを抱いている自分には感慨深い映像でした。
1つのムーブメントを作り出した才能を振り返られたことに喜びを感じます。

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